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高松地方裁判所 平成4年(ワ)428号 判決

原告 大堀義則

右訴訟代理人弁護士 荻原統一

被告 香川県

右代表者知事 平井城一

右指定代理人 山下建治 外三名

被告 福田康博

右被告両名訴訟代理人弁護士 立野省一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金三九六万円及びこれに対する平成三年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

三  請求原因

1  当事者

原告は、肩書地において株式会社を経営する会社役員であり、被告福田康博は、香川県警察官として高松市所在の高松北警察署(以下「高松北署」という。)に勤務し、香川県巡査の職にある者(以下「福田巡査」という。)である。

2  本件の経緯等

(一) 本件現場における事実関係等

(1) 原告は、平成三年四月六日(以下、特に表示する場合以外は「平成三年」の記載を省略する。)午後三時ころ、原告経営の会社の従業員である因藤律子(以下「因藤」という。)及び同倉本常子(以下「倉本」という。)とともに、因藤運転の軽四輪自動車(以下「本件車両」という。)で高松市藤塚町所在のカラオケレッスン場「マルゼン」(以下「マルゼン」という。)に行き、その際、因藤が、同車を「マルゼン」の向かいにある串かつ店「はやし」(以下「はやし」という。)前路上に東向きに駐車した。

(2) 「はやし」の店主の林和正(以下「林」という。)は、同日午後五時ころ、本件車両を警察に駐車違反車両として通報し、その処理を求めたところ、これを受けて、高松北署瓦町派出所在勤中の福田巡査が、駐車違反処理のため本件現場に赴いた。福田巡査は、午後五時一〇分ころ、本件現場に到着し、同所が指定駐車違反場所であることを確認するとともに、林から本件車両が駐車違反車両であることを確かめたうえ、本件車両の右前輪とその接地面に白色チョークで線を引き、「はやし」店内において、林から事情を聞きながら違法駐車標章の作成にかかり、必要事項の記入等を行った。

(3) 原告、因藤及び倉本は、午後五時三〇分ころ、本件現場に戻り、福田巡査が付けたチョーク印には気付いたものの、原告が助手席、因藤が運転席、倉本が後部座席に乗り込み、そのまま、出発しようとした。そこへ、福田巡査が現れ、因藤に対し、駐車違反である旨を告げ運転免許証の提示を求めた。因藤は、下車して福田巡査と話し始めたが、林から、雨が降っているので店内に入るよう声を掛けられ、両名は店内に入り、原告も少し遅れて入った。

(4) 福田巡査は、店内において、運転免許証を見ながら因藤からの事情聴取を行い、後で瓦町派出所に出頭するよう指示した。因藤は、同乗者を送り届けてから出頭してもよいかと尋ねたところ、福田巡査はこれを了承し、事情聴取は平穏のうちに終了した。

(5) その後、当時泥酔状態であった原告は、店外の路上において、酒の酔いも手伝って、本件自動車の前輪部分にしゃがみこんで、「チョークがずれているではないか。」等と文句をいうと、福田巡査は、あんたは関係ないのに何しよんな。あんた誰な。」等といいながら原告の右腕を払いのけるようにして叩いたことから、原告は、とっさにこれを払いのけた。その際、福田巡査の眼鏡が路上に落ちた。原告は、福田巡査に対し、「痛いでないか。何で叩くんや。」等と詰め寄り、福田巡査も「叩いていない。あんたが因縁をつけた。」等と応酬した。原告は、因藤から制止され、帰ろうとして本件自動車に乗り込みかけたが、福田巡査が、因縁を付けた旨申し向けたので、再び下車して口論となった。因藤は、原告を制止したものの、倉本から早く本件車両を移動させるよう促されてやむなく本件車両を発進させて本件現場を離れた。

(6) 原告は、その間も、「痛いでないか。どうしてくれるんや。パトカーを呼べ。」等と大声で怒鳴りながら福田巡査に詰め寄り、福田巡査も「因縁を付けるな。」等とこれに答える等して双方興奮した状態での口論が続いた。そのうち、原告が、福田巡査に近づいたときに、福田巡査の携帯無線機が相当な力で原告の左腹部に当たる不慮の事態が生じ、福田巡査に二度にわたって殴られたと即断立腹した原告は、福田巡査の腕に手をかけ、両者が腕を持って押し合うような形となってさらに大声で口論を続けた。

(7) 福田巡査は、事態の収拾が困難であると考え、午後五時四五分ころ、携帯無線機で瓦町派出所に応援を要請した。これに応じて、同派出所の小山勝成巡査(以下「小山巡査」という。)、塩谷町派出所の高吉守巡査部長(以下「高吉巡査部長」という。)らが本件現場に到着し、さらに連絡を受けた高松北署のパトカーも来援して、原告を同署に任意同行した。

(二) 犯罪事実及び証拠の捏造

(1) 公務執行妨害罪について

事実の経過は右(一)のとおりであるのに、福田巡査は、次のように虚偽の事実を報告したり、証拠を捏造して、原告を公務執行妨害罪の犯人にでっち上げた。

〈1〉 福田巡査は、上司である高吉巡査部長が本件現場に到着した際、同巡査部長に対し、「私が、駐車違反の女の運転手から免許証を受け取って切符を作成しようとしたところ、この男(原告)がいきなり助手席から飛び出してきて私に体当たりをかませ「右手」で私の顔面を叩きその勢いで私の制帽と眼鏡が吹き飛びなおも組みついてきたのです。」等と述べて、原告が暴力により福田巡査の公務執行を妨害した旨虚偽の事実を捏造して報告した。

〈2〉 福田巡査は、同日、高松北署において、前記のとおり、駐車違反した因藤の事情聴取は「はやし」店内で既に平穏に終了していたにもかかわらず、同署刑事課堺道夫係長(以下「堺係長」という。)の事情聴取に対し、「因藤から運転免許証の呈示を受ける前に原告が大声で怒鳴りながら身体を押しつけてきたり、左頬を右手で殴ってきて因藤に対する駐車違反の事情聴取の着手の時点で原告の暴行により事情聴取の公務が妨害された」等と虚偽の供述をし、さらに、「このように適正な私の職務を暴力で妨害するような男は許せません。今のところ、私には怪我はありませんが犯人の男は取調の上、厳重に処罰して下さい」等と供述し、右捏造した事実について原告に厳重な処罰を受けさせようとする明確な意図を有していた。

〈3〉 福田巡査の右報告、供述等により、原告は、四月六日午後一一時二三分、高松北署において逮捕され、翌七日午後七時に釈放されるまで身柄を拘束された。

(2) 傷害罪について

〈1〉 暴行行為について

福田巡査は、原告の暴行行為など存在しないのに、本件現場に到着した高吉巡査部長に対し、右手で顔面(すなわち左顔面)を殴られたと捏造した事実を報告し、同日、高松北署において、参考人として堺係長から事情聴取を受けた際にも、原告が殴った手については左右どちらかわからないが、殴られたのが左頬であるから右手で殴ったものである旨供述し、少なくとも殴られた部位が左頬であることを繰り返し供述した。

〈2〉 傷害の部位について

福田巡査は、四月七日以降の時期に、四月六日付及び同月七日付の司法警察員に対する供述調書(以下「員面調書」といい、同様に、司法巡査に対する供述調書は「巡面調書」、検察官に対する供述調書は「検面調書」と略称する。)の傷害の部位の部分をすべて左頬から右頬に、暴行を加えた原告の手も右手から左手に訂正し、右頬に傷害を受けた旨を供述している(なお、同月六日付員面調書では、「怪我など有りません。」と傷害の存在しないことを供述している。)。

〈3〉 福田巡査と堺係長は、共謀の上、原告が左手で殴打した事実はないのに、右手で殴打されたとの供述調書を左手で殴られ右頬に怪我をしたという傷害罪の成否に最も重要な部分を書き換えて証拠を捏造した。

以上のとおり、福田巡査及び堺係長は、公務執行妨害罪では足りず、傷害罪の犯罪事実を捏造し、原告にさらに重い刑事処罰を受けさせようとした。仮にそうでないとしても、供述調書の書き換えについて、右両名には著しい過失がある。

(三) 本件起訴、福田巡査の公判廷における偽証等について

原告は、福田巡査の捏造した犯罪事実に基づいて一一月二九日高松地方裁判所に公務執行妨害、傷害被告事件として起訴された(当庁平成三年(わ)第三三五号)。福田巡査は、平成四年二月六日、同年九月一日の二回にわたり、公判廷で証人として供述した際、公務執行妨害罪の成否を左右する重要な事実について、明白な虚偽供述を繰り返し、暴行及びこれによる傷害の事実についても不合理、不自然な供述を繰り返した。なお、右被告事件は、平成四年一一月五日、無罪判決が言い渡され、検察官は控訴せずに確定した(以下「本件無罪判決」という。)。

(四) 福田巡査の行為による原告の法益侵害

(1) 福田巡査が、駐車違反についての因藤からの事情聴取及びその後の事実経過を正直かつ率直に上司に報告し、また、堺係長と共謀して証拠の捏造をしなければ、原告が公務執行妨害罪で逮捕されることも、公務執行妨害罪、傷害罪で起訴されることもなかったものである。

(2) 原告は、右起訴後も、公判廷における福田巡査の意図的な虚偽供述により無実の罪に陥れられる危険にさらされ、検察官から懲役一年という重い求刑をされた。

3  被告らの責任

(一) 被告香川県(以下「香川県」という。)の責任

前記のとおりの福田巡査の行為は、犯罪について犯人及び証拠を捜査することを任務とする司法警察職員の職務においてした不法行為である。香川県は、国家賠償法一条一項により、右不法行為により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

(二) 福田巡査の責任

福田巡査が、前記のとおり司法警察員及び検察官から参考人(公務執行妨害罪、傷害罪の被害者)として事情聴取を受け、また、刑事裁判において証人として尋問を受けた際、虚偽の供述をしたことは個人的行為であるので民法七〇九条により、堺係長と共謀の上証拠を捏造したことも個人的行為であるので民法七一九条により損害賠償責任がある。

(三) 被告らの責任相互の関係

後述の原告の受けた損害は、福田巡査の公権力の行使に当たる行為と個人的な行為とが混然一体となって発生した結果であり、この両者間では結果に対する影響力の程度に甲乙はつけがたいものであるので、被告らは各自原告の被った損害の全額について賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 慰謝料 金三〇〇万円

原告は、福田巡査により公務執行妨害、傷害の事実や証拠を捏造されることにより逮捕、起訴され、身体の自由及び名誉を棄損された。また、刑事裁判においては、刑事被告人の汚名を着せられ、福田巡査の意図的な虚偽供述により無実の罪に陥れられる危険にさらされ、懲役一年の求刑を受けた。

原告の被った精神的損害に対しては慰謝料として金三〇〇万円が相当である。

(二) 刑事被告事件における弁護人の費用 金六〇万円

原告は、公務執行妨害、傷害の事実で起訴されたため、原告代理人を刑事弁護人として選任した。同事件は、無罪が確定したため、原告は、弁護人に対し、着手金・報酬を含め合計金六〇万円を支払った。

(三) 弁護士費用 金三六万円

原告は、原告代理人に本件訴訟を委任し右(一)(二)の合計金三六〇万円の一割に相当する金三六万円を報酬として支払うことを約した。

5  よって、原告は、香川県に対し国家賠償法一条一項に基づき、福田巡査に対しては不法行為に基づき各自金三九六万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年四月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  請求原因に対する認否(かっこ書きで被告を個別に表示した部分以外は被告ら共通)

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)(1)ないし(3)の事実は認める。

同2(一)(4)ないし(6)の事実が本件無罪判決による認定事実のとおりであることは認める(なお、この認否により、原告は自白が成立すると主張するが、原告主張事実を被告らがそのまま認めた趣旨ではないので、自白したものとは認められない。)。

(二)  同2(二)(1)〈1〉、〈2〉の事実のうち、原告主張のとおり福田巡査が報告ないし供述したこと及び同2(二)(1)〈3〉の事実のうち、「福田巡査の報告、供述により」とある部分を除いたその余の部分は認める。福田巡査の報告、供述が虚偽であり、事実を捏造して原告を犯人にでっち上げたことは否認する。同2(二)(2)〈1〉の事実のうち、捏造した事実を報告したとの点は否認し、その余の分は認める。同2(二)(2)〈2〉の事実のうち、原告主張の調書において、福田巡査が、怪我などありません、と供述していることは認める。同2(二)(2)〈3〉の事実のうち、共謀の上、証拠を捏造したとの点は否認する。

(三)  (福田巡査)

同2(三)の事実のうち、福田巡査が犯罪事実を捏造したこと及び明白な虚偽供述を繰り返したことは否認し、その余の事実は認める。

(四)  同2(四)(1)の事実は否認もしくは争い、同2(四)(2)の事実のうち、原告が起訴され、懲役一年の求刑をされたことは認めるがその余は否認する。

3(一)  (香川県)

同3(一)の事実は否認もしくは争う。

原告主張の福田巡査の各行為は、後述のとおり、公権力の行使ではなく公務執行妨害、傷害事件の被害者である福田巡査の個人的行為であるのでその成否にかかわらず香川県には責任はない。また、福田巡査は、外勤係の警察官であり、右事件において犯人及び証拠を捜査することを任務とする司法警察職員の職務を行っていない。

(二)  (福田巡査)

同3(二)の事実は争う。

(三)  同3(三)の事実は否認もしくは争う。

4(一)  同4(一)の事実のうち、原告が刑事被告人となり、懲役一年を求刑されたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同4(二)の事実のうち、原告が起訴されたことは認めるが、その余は知らない。

(三)  同4(三)の事実は知らない。

五  被告らの主張(かっこ書きで被告を個別に表示した部分以外は被告ら共通)

1  本件において、福田巡査が原告に妨害された公務について、原告主張の因藤に対する駐車違反についての事情聴取の終了する前に原告の妨害行為があったもので、また、福田巡査の公務は右事情聴取に尽きるものではない。

本件無罪判決は、本件公訴事実における公務執行妨害の対象たる公務について、福田巡査の因藤に対する駐車違反についての事情聴取は「はやし」店内において平穏のうちに終了したと判示している。しかし、駐車違反事犯の検挙については、違反者が現場にいる場合、違反者から免許証の提示を受けて氏名等を確認した上、反則事実を告知し、交通反則切符を交付(交通反則事件として検挙)するか、その場で何らかの事情で右交付ができない場合には、違法駐車標章を違反車両に貼付等したうえ、違反車両の移動を確認し、更に無線で違反者の氏名や違反者に出頭すべき日時場所を伝えている旨、在所の勤務員に連絡するというところまで含まれる。

本件では、福田巡査が、現場で待機していると、因藤らが帰ってきたので、現場で検挙(交通反則切符の交付)をするつもりで、運転席に乗り込もうとしていた因藤に対し、免許証の提示を求める等の事情聴取を開始したところ、原告の妨害にあい、やむを得ず因藤に対し、瓦町派出所への出頭を指示する結果となったものである。

そして、因藤に対し、瓦町派出所への出頭を指示した場合でも、福田巡査としては、まだやるべき職務が残っていた。駐車違反標章に貼付(告知)時間を記入したうえ、違反車両に貼付等をすることであり、単に、派出所へ来るよう口頭で指示しただけで済ましてしまうことはあり得ない。

このように、福田巡査の公務が未だ終了せず、執行中に原告の妨害が行われたものである。

2  (香川県)

(一) 原告主張の福田巡査の行為は、

[I] 国家賠償法一条一項の公権力の行使にあたる公務員の職務に該当するものとして、

a 公務執行妨害罪につき上司に対する報告行為

b 同罪で逮捕させる行為

c 暴行行為につき上司に対する報告行為

d 傷害罪につき証拠写真を撮影させる行為

[II] 警察官の職務とは関係のない個人的行為、福田巡査の司法警察員及び検察官に対する参考人(被害者)としての供述、刑事裁判における証人としての供述

に分類でき、原告は、[I]について香川県の責任を問うようであるが、右[I]の各行為は、以下のとおり、公権力の行使に該当する行為ではなく、福田巡査の個人的行為であるので香川県に責任はない。

〈1〉 [I]aについて

福田巡査は、応援にかけつけた高吉巡査部長の現場での事情聴取に対し、「女の運転手から免許証を受けとって切符を作成しようとしたところ、この男(傍にいた原告を指す。)がいきなり助手席側から飛び出してきて私に体当たりをかませ、右手で私の顔面を叩き」等と答えているだけで、右高吉が原告を公務執行妨害罪の被疑者と認めて任意同行したものである。また、四月六日付同巡査部長作成の捜査状況報告書によっても、福田巡査は、公務執行妨害罪の被害者であり、同罪の犯罪捜査活動は何ら行っていない。さらに、四月九日付福田巡査作成の捜査状況報告書においても、同罪の報告をした事実はない。

〈2〉 [I]bについて

福田巡査が、原告を職務行為として逮捕させたことはない。

〈3〉 [I]cについて

福田巡査が原告を犯人と認めて暴行傷害罪の犯罪捜査としての報告をした事実はなく、高吉巡査部長の事情聴取に対して答えたもので、これが公権力の行使である職務行為に該当するものではない。

〈4〉 [I]dについて

これは、福田巡査が、四月六日夜、高松北署で堺係長から事情聴取を受けた際、右頬に傷害を被った疑いを指摘され、同係長らの指示で写真撮影したもので、被害者としての行為である。

(二) 虚偽の事実の捏造ないし証拠の捏造との主張に対する被告らの反論は、後記3(一)のとおりである。

3  (福田巡査)

(一) 福田巡査は、前記[I]のa、b、c、dの各行為に際し、故意に虚偽の事実を報告したり、証拠を捏造したことはなく、また、前記[I]の各供述にあたり、故意に虚偽の供述をしたことはない。

本件無罪判決では、公務執行妨害罪等の成否に関わる重要な事項について、福田巡査の供述には何ら合理的な説明のないまま大幅な供述の変遷がみられる上、少なくとも、公務執行妨害罪の成否に重大な影響を及ぼす点について意図的な虚偽供述を行っているとの指摘があるが、同判決は、個々の供述の具体的事実について、供述内容と客観的事実とが整合するかどうかの検討をせず、むしろ、供述の変遷の理由に合理性がなく、不自然なことを供述の信用性の判断で重視していることが看取される。そこで、原告の供述変遷の理由、原告の供述の客観的事実との整合性について整理すると次のとおりである。

(1) 公務執行妨害罪につき、「はやし」店内において、因藤から免許証の提示を受け人定確認をしたことについて、福田巡査の供述の変更状況、変更理由、客観的事実との整合性は、別表1のとおりである。

(2) 同罪につき、原告が福田巡査に因縁を付け始めた時点について、福田巡査の供述は終始一貫しており、因藤に対し免許証の提示を求めた直後に、原告が福田巡査に因縁を付け始めたものであり、客観的事実との整合性は、別表2のとおりである。

(3) 顔面殴打の暴行の有無及びその部位、時期につき、福田巡査の供述の変更状況、変更の理由、客観的事実との整合性は別表3のとおりである。

(4) 受傷の有無及び部位、程度につき、福田巡査の供述の変更、変更理由、客観的事実との整合性は、別表4のとおりである。

以上のとおり、福田巡査の供述は、その変更に合理的理由があるばかりか、客観的事実に即して供述されており、特に、二回にわたる刑事公判廷の供述においては、できるだけ記憶を思い起こして誠実に証言しようとしていたのであるが、事件当夜に作成した員面調書の方が記憶が新鮮であるはずとの前提に立った裁判官等の尋問に対して、どのように説明してよいかわからず、結果的に全部の供述が信用性がないものとして排斥されてしまったものである。いずれも、虚偽の供述をして証拠を捏造したといえるものではない。

(二) なお、以上の点について、公務執行妨害罪の被害者であり、警察官である以上、福田巡査には、供述調書をもっと正確に録取作成してもらうべき注意義務があったとするならば、[I]aの行為や[II]の員面供述及び検面供述において、「はやし」店内に入ったことや店内での状況を克明正確に供述していなかった点に若干の過失ありとされてもやむを得ない。また、福田巡査及び堺係長が、受傷の有無及び部位、程度について、既に作成している供述調書の一部を後日訂正という安易な方法をとった点については、補充の供述調書を作成する等して供述内容の変更の理由がはっきりわかるようにすべきであった。その意味で、右訂正に安易に応じた福田巡査及び訂正をした堺係長には、一般の暴行、傷害の被害者ではなく、警察官という立場からみると過失があった。

4  公務執行妨害罪による原告の逮捕と福田巡査の行為との因果関係

(一) 右の逮捕状請求は、四月六日午後一〇時三二分、高松地裁裁判官に対して行われたが、その際の添付資料は、〈1〉司法警察員作成の捜査状況報告書一通、〈2〉被害者福田巡査の員面調書一通、〈3〉参考人因藤律子、高木小百合の巡面調書各一通、〈4〉前歴照会回答書一通であった。

(二) 逮捕状請求前に行われた福田巡査の行為は、前記a、b、cの各行為と前記四月六日付員面供述であるが、右aの行為が、原告の暴行、公務執行妨害の時期、場所について説明不十分なところはあるものの、故意による虚偽事実の申述でないことは別表2、3のとおりであり、前記b、cの各行為についても同様である。

(三) 高木小百合(「はやし」の向かいの美容室の美容師、以下「高木」という。)の四月六日付巡面調書には、「制服警官一名と男一名が向き合い、手で相手を押し合うようにしていた、途中男が、手を振り上げ警察官に殴りかかるように振り下ろすのを見た」等といった供述部分がある。また、応援警察官作成の捜査状況報告書(福田巡査が二度にわたって携帯無線機で応援の要請をしている。)及び原告の暴行によって飛ばされた眼鏡、制帽が証拠物として存在する。

(四) 原告は、任意同行された高松北署において、犯行を否認するばかりか、大声でわめき、逮捕の必要性があった。

(五) 以上のように、逮捕状請求までに存在した証拠と福田巡査の公務が因藤に対する事情聴取のみならず、因藤の現場検挙であったことを総合すると、福田巡査の前記3(二)の過失の有無にかかわりなく原告には、公務執行妨害罪を犯したと疑うに足りる相当な理由と逮捕の必要性があったというべきであるので、福田巡査の過失と逮捕の結果との間には因果関係がない。

5  原告の起訴と福田巡査の行為との因果関係について

(一) 高松北署は、四月二〇日、原告を、公務執行妨害罪、傷害罪で、高松地方検察庁に書類送検した。犯罪の情状等に関する意見は、犯情は極めて悪質であるが、被疑者は本件犯行を認めるとともに深く反省し、眼鏡等の被害弁償もしているので、相当処分相成りたい、というものであった。

(二) 原告は、四月七日付及び四月一七日付各員面調書、一一月六日付検面調書でそれぞれ送致事実を自白しており、四月一一日付実況見分調書では、「この付近で警察官が無線で応援を呼んでいるのがわかり、『何言よんや』といって、その胸ぐらを右手で掴み引っ張った」等と暴行行為について指示説明し、その態様を写真撮影させている。

(三) 犯行目撃証人等の供述として、四月六日付因藤の巡面調書、同日付高吉巡査部長ら作成の捜査状況報告書、同日付林、高木、倉本及び竹内友克(以下「竹内」という。)の各巡面調書が存在した。

(四) 右3(二)の福田巡査の過失の有無にかかわらず、検察官は、前記原告の自白や、前記目撃証人等の供述等により、原告を公務執行妨害罪、傷害罪で起訴していたものと認められるから、原告の起訴と福田巡査の行為との間には因果関係がない。

6  原告が一年の求刑をされたことと福田巡査の行為との因果関係について

原告が懲役一年の求刑を受けたことは、起訴されたことと離れて別個独自の損害を形成するものではない。前記のとおり、福田巡査の行為と本件起訴とは因果関係がないのであるから、求刑等の結果との間にも因果関係がない。

7  福田巡査及び堺係長が、福田巡査の四月六日付及び同月七日付員面調書の訂正方法に配慮が足りず、そのため原告の刑事公判廷において無用の混乱が生じたことにつき、若干の過失があったことは認めるが、右過失と原告の損害との間に因果関係はない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)の事実について検討する。

請求原因2(一)(1)ないし(3)の各事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第三号証の一ないし二八、第四号証の二ないし五、第四号証の六の一、二、第四号証の七、第四号証の九ないし二五、第五号証の二ないし一六、乙第二ないし第七号証、第九ないし第一七号証、被告福田康博本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一、第一八号証及び同尋問の結果を総合すると、本件現場における事実関係等は次のとおりであると認められる。

1  原告は、四月六日午後三時ころ、原告経営のプロパンガス器材販売会社の従業員である因藤及び倉本とともに、因藤運転の本件車両で高松市藤塚町所在のカラオケレッスン場「マルゼン」に行き、因藤が本件車両を右「マルゼン」と道路を挾んで斜め向かい(北東側)の「はやし」店舗出入口の前路上に東向きに駐車した。そして、右三名は、「マルゼン」において、カラオケを歌ったり、飲食した。ただ、アルコールについては、原告のみが、ビール中瓶を三本飲み、外見上もアルコールが入っていることが分かる程度に相当に酩酊した。

2  林は、同日午後四時五〇分ころ、本件車両を警察に駐車違反車両として、高松北署へ電話で、車両番号を含めて通報し処理を求めた。高松北署の係官は、同日午後四時五五分ころ違反現場の捜査・検挙を担当する同署瓦町派出所へ、違反車両の所有者が車両台帳上因藤であることを含めて電話で連絡し、事件処理を指示した。高松北署瓦町派出所に勤務中であった福田巡査(制服制帽着用)は、上司の指示により、駐車違反処理のため本件現場に赴いた。その際、交通反則切符、交通点数切符、違法駐車標章等の入った通称切符カバンを携帯した。福田巡査は、同日午後五時一〇分ころ、本件現場に到着し、同所が指定駐車禁止場所であることを確認し、林から本件車両が駐車違反車両であることを確かめた上、本件車両の右前輪とその接地面に白色チョークで線を引き、「17 10」と書いた。当時、小雨(霧雨)が降っていたこともあって、福田巡査は、その後、「はやし」店内において、林から事情を聞きながら違法駐車標章の作成にかかり、同日午後五時三〇分ころまでに同標章中の違反状況欄に必要事項を記入し、さらに違反者が姿を現わさないかと暫時同店内で待機していた。

3  原告、因藤及び倉本は、同日午後五時三〇分ころ、前記マルゼンから本件現場に戻り、福田巡査が付けたチョーク印に気付いたが、警察官の姿がないので、原告が助手席、因藤が運転席、倉本が後部座席に乗り込んで出発しようとした。原告らが戻ってきたことに気付いた福田巡査は、「はやし」を出て本件車両の運転席に近づき、車内の因藤に対し駐車違反である旨を告げ運転免許証の提示を求めた。それに応じて下車した因藤は、福田巡査に免許証を提示し、同巡査が眼を通していたところ、因藤に続き下車した原告において、因藤が駐車違反者として検挙されるのを妨害する意図で、福田巡査が路面に記載した前記白色の数字が雨水で路面ににじみこんでいるのを指で示しながら「車が動いている」旨述べて、福田巡査に向け因縁を申し向け、同巡査が「動いていない。」「あんたは関係ない」旨を応答した。その際、「はやし」店内にいた林から、雨を避けて店内へ入るよう好意の声がかけられ、それに応じて福田巡査、因藤及び原告の順で同店内に入った。

4  福田巡査は、同店の出口に近い客席で、隣にいる因藤から受取った運転免許証を見ながら交通切符を切るべく、事情聴取を始めた。これに対し、因藤は、常日ころ、酩酊した原告が無道無理な言分を頑固に言い張る悪癖のあるのを知っていたので、原告が福田巡査へなおも因縁をつけるのを避ける意図で、同巡査に対し、原告と倉本を送り返してから警察へ出頭し、交通切符の交付を受けたい旨を申し入れた。福田巡査は、即座に右申入れを許容する意向を示し、因藤が同日の後刻、瓦町派出所へ出頭して交通切符の交付を受けるのに必要な手続として、前記違法駐車標章の告知時刻欄に「3」「4」「6」「17」「40」と、告知者氏名欄に「福田」と、電話番号欄に「34-0363」とそれぞれ記入した後、続いて、因藤から同人の住居や電話番号、出頭予定時刻等を聴取して警察手帳に添付のメモ用紙に記載しようとした。同巡査が右事情聴取を始めた際、同巡査の傍にいた原告が「車の線が二センチぐらい動いとる。」「駐車違反でない。」などと大声で怒鳴り、「動いていない。」といい返す福田巡査と口論が始まり、折柄、店内の奥の一隅で料理の準備をしていた林から「けんかなら表でやってくれ。」と店外へ出て行くよう催促された。そこで、福田巡査は、「はやし」の中に、所要事項を記入ずみの前記違法駐車標章や交通切符カバンを残し置いたままにして、原告・因藤とともに店から路上へ出た。

5  原告は、路上に出るやさらに激高し、原告が東向き、福田巡査が西向きで向かい合う形で、原告が大声を出しながら福田巡査の腕を押したり、福田巡査に胸を突き出したりした。これに対し、福田巡査も、手で止めたり、押し返したりしたが、後ずさりするような状態であった。因藤は、こうした原告に対し、「早く帰ろうよ。」と声を掛けて制止し、原告もこれに応じて、一旦は本件車両の助手席に乗り込みかかったが、再び福田巡査との間に同様な口論が再燃し、本件車両から下りて路上に出た。因藤は、本件車両の後部座席から下りてきた倉本から、本件車両の移動を助言され、倉本を乗せて本件車両をもよりの高松厚生病院の駐車場に移動させた。

この間の原告は、福田巡査に対し、同巡査が原告の腹部を殴打したとして「痛いでないか、どうしてくれるんや、パトカーを呼べ」等と大声で詰め寄り、福田巡査も「因縁を付けるな」等と応じ、双方興奮、激高した状態で「はやし」の前から徐々に東方の路上へ移動した。事態の収拾が困難と考えた福田巡査は、腰に携帯所持した無線電話で瓦町派出所(高松北署とも同時架電)に応援を求めたところ、同派出所の小山巡査が、応援に行くと応答した。この無線通話がされた時刻は午後五時四五分ころである。小山巡査は直ちに自転車に乗って出発した。

しかし、原告はなおも前と同様な言動をくりかえし、福田巡査へつきかかってくる体勢をとり続けたので、同巡査は、午後五時四七分ころ、無線で再度応援を求めた。

瓦町派出所からの要請を受けて、塩屋町派出所の高吉巡査部長他一名が自転車に乗って応援に出発したが、塩屋町公園付近に行ってしまったので、同巡査部長らは、現場確認のため、福田巡査に対し、無線で連絡を入れた。この連絡が福田巡査の無線機にあったので、福田巡査は、これに応答するため一瞬視線を左に向けたとき、原告が、開いた状態の右手を振り上げ、福田巡査の左顔面を一回殴打し、福田巡査の眼鏡と制帽が福田巡査の右後方に約二メートル飛んで地面に落下した。同巡査は、直ちに右後方へ移行して、帽子と眼鏡を拾い上げて着用した。

6  その後間もない午後五時五〇分すぎに前記小山巡査が現場に到着した。その際、福田巡査と原告は、相対峙していて、原告は顔を赤くし口から、強い酒のにおいをさせながら、福田巡査へ向けて「お前の態度が悪いけんじゃ」等と語気荒く申し向けていた。同巡査はネクタイが裏がえりに乱れた状態で、小山巡査へ「駐車違反の運転手へ切符処理しようとしたところ、原告が因縁をつけてきて手拳で殴られたり、胸ぐらを掴まれたりした」旨を告げた。そこで小山巡査は、原告を公務執行妨害容疑者として高松北署へ同行して取調べる必要があると考えて、午後五時五五分ころ無線で本署(高松北署)へパトカーの出動を求めた。

7  午後六時ころ前記高吉守巡査部長ほか一名が現場へ到着した。その際、別紙図面木内ビル一階のシャッターが降りた前路上に小山、福田両巡査が立ち、その中間路面に原告が腰を下していた。同巡査部長から事情を聴かれた福田巡査が「駐車違反の切符を作成しようとしている同巡査に原告が急につっかかってきた」旨を告げたのを傍で聞いた原告が急に立ち上がって、福田巡査の方を指さしながら「こいつが俺を殴った」といいながら自己の腹を右手で押さえ、福田巡査に向けて挑みかかろうとした。高吉巡査部長は原告を押しとめ、腹を殴られた旨大声でわめき続ける原告へ「本署で事情を聴く。」と告げるや、原告は本署へ行くのを嫌がり、さらに同巡査部長から「殴られたんでしょう。」と念を押して尋ねられるや、今度は小声で「本当は殴られていない。腹が痛むのは持病の心房細動の所為だ」と答えた。それから同巡査部長の制服に星三つの記章がつけられているのをみた原告が自分もかっては警察予備隊の幹部学校の生徒であった旨話し始めるほど落着いたのを見計らい、午後六時一五分ころ現場へきたパトカーに高吉巡査部長らが原告を同乗させて、高松北署へ同行した。

同日午後八時ころ、高松北署で飲酒検査の結果、原告は呼気一リットルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを含有する程度に酩酊していた。

8  因藤は、高松厚生病院の駐車場に本件車両を駐車後、前記小山巡査が現場へ到着するより前に、再び本件現場へ戻った。そして、原告がパトカーに同乗して高松北署(本署)へ行った旨を聞知して、同日午後六時ころ同署へ出頭した。

9  原告が本件当日の午後五時三〇分ころ現場へきてから、同日午後五時五五分すぎに小山勝成巡査が現場へ到着するまでに、原告と福田巡査相互間の言動を目撃した者は、因藤・倉本・林(各人ともその一部分の目撃者)のほか、高木(昭和三八年二月生)及び竹内(昭和三四年二月生)がいた。

高木は、別紙図面の熊野龍太郎美容室の美容師であり、同店は、本件現場である道路に面した北側が硝子張であるので、店内から道路上の状況が良く見える。当日午後五時三〇分ころは、店内に同人のほか美容師一〇名くらいと満員の来客がいた。そして、客か従業員のいずれかの者の口から出た「けんかだ。」という声に高木が仕事の手を止めて北側の道路上へ視線を移すと、原告と福田巡査が向い合い、各自の手で相手と押し合った後、原告がどちらかの手を振り上げたのに続いて、その手を同巡査に向け殴りかかるように振り下し、その下された手を同巡査が両手でよけるようにしたのが目撃された。しかし、高木には、原告の振り下した手が相手の身体に当ったかどうかは分らなかった。

竹内は、当日勤務先の会社が休みで、住居である木内ビル(「はやし」の東隣)の一隅にいた際、南方の路上から男のやかましい声がしているのを聞きつけて、その路上へ出たところ、原告(東向き)と福田巡査(西向き)の二人が約二メートルの間隔で相対峙し、原告が足先を少しふらつかせながら「俺が何をやっとんや、一寸くらいええではないか」「なんでや、こらあ」等と大声で怒鳴りながら、どちらか一方の手を前へ出して、福田巡査の胸元を突き、その突いた際に、原告の足元が乱れて、片膝が地面につき、その片膝を立て直すや原告は又も一方の手で同巡査の胸元辺を突く動作を二ないし三回くり返したのが目撃された。竹内は、それから屋内へ戻ったが、それから暫くの間も、原告が大声で怒鳴るのが屋内まで聞こえた。竹内が路上に出ていた際、近くの路上に、他の二ないし三人の者が同様にみていた。

以上のとおり認められる。乙第一号証中、前記違法駐車標章の告知日時欄から告知者の電話番号欄までの記入が、原告のパトカーでの現場離去後に行われた旨の記述部分は、前掲乙第一八号証及び被告福田康博の本人尋問の結果があっても、前掲甲第四号証の一五、第一五号証の五、六、乙第一二号証と比べて信用できない。また前掲甲第四号証の一五、第五号証の五、七、八の各供述記載中、前記認定と抵触する部分は信用できない。そして、前掲甲第四号証の二、四、一〇、一一、第五号証の三、一六を暫くおき、他に前記認定を動かすべき的確な証拠はない。

三  原告の公務執行妨害罪について、福田巡査が、上司である高吉部長に対し、虚偽の事実を報告し、また、高松北署及び高松地方検察庁において堺係長や検察官に対し、虚偽の事実を供述し、さらに高松地方裁判所の刑事公判廷で虚偽の証言をして証拠を捏造したか否かを判断する。

1  まず、福田巡査の捜査官への供述及び刑事公判廷での証言が虚偽であり、公務執行妨害罪容疑の証拠を捏造したと認められるには、妨害の対象となった公務は何か、また、どの時点で妨害があったかの判断が前提となる。

(一)  本件における公務執行妨害罪の対象となる公務について

前掲乙第一、第四、第五、第一六号証及び弁論の全趣旨によると、駐車違反を現認した場合、警察官は、次のように扱うべく一般準則が定められている。

その場に運転者がいる場合、駐車違反である旨を告げた上、速やかに車両を移動するよう警告を発し、警告に従って車両を移動した場合は不処分とするが、警告に応じず違法状態を継続すれば、違法状態に応じて別途指定された告知基準に基づいて、道路交通違反として検挙する。その場に運転者がいないばあいには、違反車両を現認した時点でタイヤの設置面とその路面にチョークで印を付け、最初に現認した時間を路面に表示しておき、車両付近で告知基準時間(違反態様によって三~一〇分)の間待機したり、付近の違反車両に対する措置等を採る。運転者が車両へ戻って来た場合、告知基準を充足しておれば検挙(交通反則切符の交付)し、充足しておらず直ちに車両を移動させた場合警告だけにとどめる。待機中、告知基準時間を過ぎても運転者が車両に戻ってこない場合や付近の違反車両に対する措置等を採って現場を離れていた場合は、タイヤの接地面と路面のチョークを確認して異常がなく、最初に現認した時間から再度確認した時間の告知基準を満たしていた場合、違法駐車標章に告知日時・告知者の氏名と電話番号を含む必要事項を記載の上、車両の前面ガラス等の見やすい箇所に貼付する。検挙する場合、違反現場で検挙するが、警察署、派出所に同行した上検挙することもある。現場に運転者が戻ってこず、違法駐車標章を車両に貼付したときは、運転者は後で警察署や派出所に出頭することになるので、出頭した時点で検挙する。

(二)  そして、公務執行妨害罪が「職務ヲ執行スルニ当タリ」として、法律による保護の対象とするのは、具体的、個別的に特定された職務の執行を開始してから終了するまでの時間的範囲及び当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為であると解するのが正当である(最判昭和四五年一二月二二日刑集二二巻二四号一八一二頁)。

(三)  原告の福田巡査の身体への暴行着手時における同巡査の公務執行の有無について

前記二の3及び4の認定事実のとおり、原告は、福田巡査が「はやし」店内から姿を現して、因藤から運転免許証の提示を受けたときに、本件車両から下車して、同巡査に向け車が動いている旨告げて因縁をつけたものの、暴力を伴うものでなかったし、林の好意から出た誘いに応じて、因藤・福田巡査に続いて「はやし」店内へ移動した経緯に照らし、右路上で因縁をつけた原告の所為を福田巡査の公務執行妨害の着手と認めることは困難である。

そして、「はやし」店内で、福田巡査が因藤の申入れを許容する意向を示して、同日の後刻、瓦町派出所で交通切符を交付して検挙すべく、その検挙に先行する公務として、因藤から現に提示されている免許証の記載を確認しつつ、同人の住居・電話番号・出頭予定時刻等の所要事項を聴取してメモ書きすること及び既に記入ずみの違法駐車標章を本件車両の所定箇所へ貼付する事務だけが残っていた段階で、原告が「車が二センチ動いている」「駐車違反でない」等と怒号した所為は、福田巡査の右一連の公務の執行の中途でされたものであり、外観上からも、右公務の執行を妨害するものであることが明らかである。

しかし、原告の右怒声に呼応して福田巡査が原告と口論を始めたため、林から店外への退去を求められるや、同巡査もそれに応じて店外へ出たのに、肝心の違法駐車標章を店内へ残し置いたままにして店外へ出てしまい、その後、右標章を本件車両へ貼付しようとした形跡が証拠上認められないし、加えて、福田巡査としては、瓦町派出所から本件現場へ出発するまでに、本件車両の保有者が因藤本人であるのを知っていたから、本件現場で、因藤が違反者であるのを確認した以上、因藤の現住所等をメモ書きしておく必要性が実際には少ないというべきことを合わせ考えると、福田巡査の因藤への切符交付に先行する段階におけるものとしての公務執行は、同巡査が前記標章を「はやし」店内に残しおいたまま、同店から外の路上へ出た時点をもって終了したと認めるのが相当である。

したがって、原告の福田巡査の身体に対する暴行の着手時までに、福田巡査の公務執行は終了したというべきである。

2  福田巡査の上司に対する報告、高松北署での取調官に対する供述及び逮捕状発布と原告の身柄拘束及び釈放までの捜査の経緯等につき、前掲甲第四号証の四、七、九、一五ないし一七、二〇ないし二二、第四号証の六の一、二、第五号証の四ないし一六、乙第一ないし第三号証、第一二、第一三、第一五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

(一)  福田巡査は、本件現場に到着した高吉巡査部長に対し、本件現場において、「駐車違反の女の運転手から免許証を受け取って切符を作成しようとしたところ、原告がいきなり助手席側から飛び出してきて体当たりをかませ、右手で顔面を叩き、その勢いで制帽と眼鏡が吹き飛び、なおも組みついてきた」等と報告した。

(二)  また、福田巡査は、同日、高松北署において、同署刑事課堺係長に対し、「運転席にいた女性に対し、免許証等の提示を求め、女性が免許証を出そうとしていた時、助手席にいた原告からいきなり怒鳴るような大声で『駐車違反にやならんでないか、どこにチョーク引いとんや』とけんか腰で言われ、体を押しつけられ」「応援を無線連絡した後、帯革を掴んだり、ネクタイを引っ張り、顔を手で殴ってきた、どちらかの手かわからないが拳ではなく手刀の様な感じで、左頬あたりに当たり、かけていた眼鏡、制帽が吹き飛んだ」「男が殴った手がどちらかは分からないが帽子等が飛んだ位置や殴られたのが左頬だから右手で殴ったのではないかと思う」「眼鏡が飛んだ時にそのはずみで鼻のあたりに痛みを感じた」「今のところ怪我は有りません」等と供述し、一旦そのとおりの供述調書が作成された(平成三年四月六日付け員面調書、なお、「左頬」が「右頬」に「右手」が「左手」に訂正された点は後述する。)。ところが、右取調べの際、福田巡査は、堺係長から右頬に発赤があるとの指摘を受け、自分でも確認したが、右頬に痛みを感じていたわけでもないので、前記のとおりの調書となった。また福田巡査は当日午後一〇時ころまでに高松北署の鑑識課で右頬、眼鏡等の写真撮影を受け、後に同署司法警察員係長氏家禎輝(以下「氏家係長」という。)により同日付写真撮影報告書が作成された。そして、福田巡査は、氏家係長の付添いで、同日午後一〇時二五分ころ、三宅病院で受診した。福田巡査は、医師に対し、胸ぐらをつかまれて顔面を殴られたと言い、医師はエックス線写真の撮影等の診断をした後、全治見込み五日間の顔面打撲との診断書(傷害部位の特定はない)を作成し、塗薬を処方した。

(三)  さらに、同日、司法巡査小山勝成作成及び同大山伸一郎ら作成の各捜査状況報告書が作成された他、他の取調警察官により、参考人因藤、同倉本、同高木、同林、同竹内、同千野喜代信の各巡面調書が作成された。

因藤については、「私の車を駐車違反で取締にきていた制服警察官に先導されて「はやし」店内へ入り、そこで警察官と遣り取りして、原告らを車で送り帰した後、今日中に瓦町派出所へ出頭して交通切符の交付を受ける許しを得たころ、原告が『チョーク引いてないが、駐車違反でないが』等と怒鳴り出し、警察官の胸あたりに自分の胸を押しつけ警察官に体当たりをしていた」「原告が手を振り上げて警察官を殴るところは見ていない」等の内容の供述調書(同日付巡面調書)であり、倉本については、因藤・福田巡査・原告の三名が「はやし」店内へ入って間もなく、店内で原告の大声が聞えた後、店の者から「話なら表でやってくれ」といわれたのが聞えて、右三名が店から路上へ出てきた旨供述したほか、その後における路上での原告と福田巡査の言動につき因藤とほぼ同様の内容の供述調書(同日付巡面調書)であり、高木については、「午後六時前ころ、私方の前の道路で、警察官と男が、手で相手を押し合うようにしていた」「押し合いの途中、男が、どちらの手か忘れたが、手を振り上げ警察官に殴りかかるように振りおろすのを見た、警察官は両手でそれをよけるようにしており、手が当たったかどうかまではわからない」「どうみても警察官に反抗しているように見えた」等の内容の供述調書(同日付巡面調書)であり、林については、「警察官と車の持ち主と思われる女性と男性一人を店内に入れてあげた」「警察官が免許証を出させて書いているうち、男が急に大声を出して言い争いになったので、表でやってくれといった」等の内容の供述調書(同日付巡面調書)であり、竹内については、「六〇歳前後の男が、大声を出しながら警察官の胸あたりを手で二、三回突いているところを見た」等の内容の供述調書(同日付巡面調書)であり、千野喜代信については、「マルゼン」における原告・因藤・倉本の様子についての供述調書(同日付巡面調書)であった。

(四)  こうして、同日午後一〇時三二分、高吉巡査部長ら作成の四月六日付捜査状況報告書一通、福田巡査の同日付員面調書一通、参考人因藤及び高木の同日付巡面調書各一通、前歴照会回答書一通の証拠資料を添えて別紙1記載の事実を被疑事実として、高松地方裁判所に逮捕状請求がなされ、まもなく同裁判所裁判官から、その逮捕状が発布された。同日午後一一時二二分逮捕状が執行されて、同時に高松北署の留置場に収容され、翌七日に警察官に対し福田巡査への殴打暴行を自供し、その旨実況見分でも指示説明して、同日午後七時、勾留請求がされることなく釈放された。

3(一)  前期2の認定事実によると、原告が四月七日に釈放されるまでに、捜査警察当局には、原告が福田巡査の本件違法駐車取調べに対して因縁をつけ始めた時期及び場所につき、福田巡査及び原告と因藤・倉本・林の各調書の供述記載に齟齬があることが明らかである。

(二)  そして、前掲甲第五号証の一六、乙第一号証及び被告福田康博の本人尋問の結果によると、福田巡査の前記員面供述について、同巡査に捜査経験がなく被害調書作成のポイントを押さえた供述ができず、取調官である堺係長が事件の要点を質問し、福田巡査がこれに答える形で録取が進行していったもので、福田巡査において「はやし」店内に入った旨述べたところ、店内で原告から暴行を受けたか否かを問われ、店内では暴行は受けなかった旨答えると、令状請求の時間的関係もあって、堺係長は同店内の事情を録取する必要がないとして福田巡査からそれ以上の店内での原告・同巡査・因藤・林の言動につき一切録取しようとせず、福田巡査も又積極的に供述しなかったことが認められる。

4  原告の前記身柄釈放から刑事被告人として公訴の提起を受け無罪判決の言渡しがされるまでの間における福田巡査の本件公務執行の終了の有無にかかる事項についての捜査官に対する陳述・供述及び右刑事公判廷での証言内容等として、前掲甲第三号証の二、三、五、第四号証の二、一一、第五号証の三、一六、乙第一、第七、第一八号証及び被告福田康博の本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、他にこの認定を動かすべき証拠はない。

(一)  福田巡査は、同年四月九日に高松北警察署長あてに提出した捜査状況報告書で、因藤と原告らが本件車両へ戻ってくるまでに違反駐車標章の所要事項を同巡査の氏名欄等を含めて記入し終えて、その標章を本件車両へ貼付しようとしたところへ因藤らが戻ってきた旨を記述し、同標章のコピーを添付して報告した。この標章に記入されている告知時刻は四月六日の一七時四〇分である。

(二)  高松北警察署は、同年四月二〇日、原告を別紙3の容疑で、高松地方検察庁へ、因藤・林・倉本等の前記巡面調書及び福田巡査の前記員面調書や捜査状況報告書を含む一件捜査記録を付して送致した。

(三)  同年一一月一八日、福田巡査は、検察官に対し、本件当日の午後五時二五分ころに違法駐車標章を作成し、同日午後五時四〇分ころ本件車両に右標章を貼ろうとしていた際に、因藤と原告が現れた旨述べた。しかし、同人らが現れてから数分間に、「はやし」店内で因藤の申入れを許容する意向を示して同日中に瓦町派出所で交通切符を作成交付する前提で出頭を指示した点については一切言及しなかった。その理由は右の事項にかかる聴取を受けなかったからである。

(四)  検察官は、同年一一月二九日、原告を別紙2のとおりの公訴事実で起訴した。

原告は、その第一回公判期日(平成四年一月一四日)における被告事件に対する陳述で、公訴事実中、駐車違反の事情聴取を行っていた際とある部分を争い、福田巡査の因藤に対する駐車違反の事情聴取が終った後に、原告が両手で福田巡査の腕を掴んで後ろへ押したとの範囲に限り、暴行の公訴事実を認める旨を陳述した。

(五)  福田巡査は、右刑事事件の第二回公判期日(平成四年二月六日)で証言した際、同巡査が因藤・原告とともに「はやし」店内へ入った旨を供述し、さらに同事件の第九回公判期日(平成四年九月二四日)での証言で、「はやし」店内で因藤と話した記憶が残っているものの、その会話の主旨内容を想起できない旨、またその際、店内で紙に書いた記憶が残っているものの、その要旨内容を思い出せない旨をそれぞれ供述した。

5(一)  高松北署が裁判所へ原告の逮捕状を請求した際、証拠として添付された高吉巡査部長の報告書及び福田巡査の員面調書上、原告の福田巡査に対する暴行の着手は、同巡査の公務執行中にされた旨の記載がある反面、同巡査が因藤に瓦町派出所への出頭を指示した点を含む「はやし」店内での出来ごとが全く記述されていないことは既に説示したとおりである。

(二)  そして、前記二で認定した関連事実、とくに福田巡査から前後二回にわたり無線による応援要請がされた経緯、原告の現場における高吉巡査部長への言動などに徴して、福田巡査がその場で右上司に対し、原告の暴行着手の時期とその前後の原告の言動を簡明迅速に述べるのが困難であったと想定しても不自然不合理ではない。さらに、原告と福田巡査相互間における同人らの各言動については、「はやし」店内に関する部分以外は、当該路上付近は普段に通行人がある場所であるし、加えて南側の美容室内から十数名の第三者が随時目撃できる状況の路上で行われたし、また「はやし」店内のそれらについても、第三者である林が店内の近くにいて随時現認できる状況下に行われたことに照らし、福田巡査が高吉巡査部長や堺係長へ故意に虚偽の事実を報告、供述し、原告の公務執行妨害容疑の証拠を捏造したと推断することは困難である。

(三)  次に、福田巡査が現職の警察官であり、公務執行妨害容疑の被害公務の執行担当者の立場にあることからすると、高松北署での堺係長からの被告の事情聴取や調書の作成の際には、冷静・慎重に自己の記憶を喚起し、それでもなお記憶が不鮮明ならばその旨も含めて、忠実に記憶のままを正確に述べるべき義務があるというべきである。その点では福田巡査の前記供述には、右義務を十分には尽くしていないことにおいて過失があるといわざるを得ない。また、捜査担当の堺係長においては、福田巡査から事情聴取した際、原告の暴行開始の時期が「はやし」へ入る前か後かを確かめなかった結果、その員面調書を因藤及び林の巡面調書と比べて読むと、「はやし」へ入るより前の段階で原告の暴行着手があったと看取される文面となった点に、捜査にかかる事情聴取上の落度があったというべきである。

(四)  しかし、原告の逮捕状請求の際、前記2(三)で説示した因藤の巡面調書が証拠として添付されていて、それによると、原告の福田巡査に対する暴行着手時期は、「はやし」から出た後の段階である旨の明確な供述記載があり、令状請求を受けた裁判官は、右供述記載を含む証拠を検討した結果、原告の公務執行妨害容疑を疑うに足りると判断したのであり、裁判官の右判断介在により、福田巡査及び堺係長の前記過失と原告の逮捕(身柄拘束)との間の因果関係は切断されたというべきである。

6  次に、福田巡査が事件の被害者として地方検察庁で事情聴取を受けたのは、事件の日から七か月余り後のことであるし、「はやし」店内での出来ごとに言及しなかった経緯に照らして、同巡査が積極的に「はやし」店内での公務執行にかかる事実を供述しなかったことに過失があると認めることは困難である。

7  さらに、

(一)  刑事公判廷における福田巡査の証言中に、同巡査の公務執行が終了したか否かに関する事項につき、前記二4の認定事実と一部食い違ったり、明確でない供述があることは既に説示したとおりである。

(二)  そして、右証言の時期が事件発生の日から一〇か月以上経過後であることに、前掲乙第一号証及び被告福田康博の本人尋問の結果を総合すると、右証言部分が故意ないし原告への害意をもってされたと推断することはできない。

(三)  仮にそうでなく、右公判廷における福田巡査の証言が意図的な虚偽供述であるとしても、原告は、被告人として公訴提起された以上、判決言渡に至るまで所定の刑事手続上の負担を受けることは通常やむを得ないことであって、福田巡査の証言について、同人が偽証罪で処罰される等の特段の事情の認められない本件では、右供述により原告の独自の法益が侵害されたということはできない。

四  原告は、傷害罪について、福田巡査が、高吉巡査部長に対し、虚偽の事実を報告し、また、高松北署において堺係長に対し、虚偽の事実を供述して事実を捏造した等と主張するので検討する。

1  傷害罪についての福田巡査の高吉巡査部長に対する報告、堺係長に対する供述及び原告釈放後の公務執行妨害罪を含めた本件起訴に至るまでの捜査の経緯等については、前掲甲第三号証の一ないし二八、第四号証の二ないし五、第四号証の六の一、二、第四号証の七、九ないし一四、第五号証の二ないし一五、乙第一、第六、第七、第一一号証、被告福田康博の本人尋問の結果によると次のとおりであると認められる。

(一)  福田巡査の暴行・傷害を受けた点についての高吉巡査部長に対する報告は前記三2(一)の、四月六日における堺係長(警部補)に対する員面供述は前記三2(二)の各とおりであり、写真撮影報告書、診断書が作成された経緯は前記三2(二)で認定したとおりである。

(二)  福田巡査は、四月七日、高松北署において堺係長に対し、「駐車違反取締に関して、帯革、ネクタイを手で引っ張られ、手刀で一回顔面を殴打される暴行を受けた」「昨日、今のところ怪我はない旨述べたが、手刀で右頬を一回殴打され、このとき帽子、眼鏡が吹っ飛び、そのはずみで眼鏡の一部が鼻の左部に当たり、痛みを感じていたので、三宅病院で診察を受け、顔面打撲、全治見込約五日間との診断であったので、前回の調書を訂正する」等と供述し、その旨の調書が作成された(同日付員面調書)。

(三)  原告は、四月七日、本件現場の実況見分において、「はやし」の斜東南前路上に立ち「この付近で警察官が無線を使って応援を呼んでいるのがわかり、『何言よんや』といって、その胸ぐら付近を右手で掴み引っ張った」と指示説明し、「私が胸ぐらを掴んで引っ張ると警察官から『何するんな』といって振り払われたので、次に左手を上げて手刀で警察官の顔面を殴りつけた」と説明し、暴行したときの彼我の位置・姿勢等を写真撮影させた(四月一一日付実況見分調書)。

(四)  原告は、四月一七日、司法警察員に対し、「本件について反省している」「福田巡査にはお詫びをしたが、眼鏡の弁償代五万一〇〇〇円、負傷したことについての治療代三八七〇円を支払った」等と供述し、その旨の供述調書が作成された(同日付員面調書)。

(五)  福田巡査は、一一月一八日、検察官に対し、因藤から免許証の提示を受けたり、原告から因縁をつけられた時期等については、四月六日付員面供述と同様に供述し、暴行については、「原告が、体当たりしたり、ネクタイを掴んだりの暴行を加えて右頬を殴打された」「殴打した手は平手だったことは確かである」と供述し、そのように調書が作成された。

(六)  原告は、一一月六日、検察官に対し、「本件車両の側で因藤に対し、駐車違反の事情聴取をしようとした警察官に対し、因藤をかばうつもりで、『駐車違反やないやないか』等といい、押し合いになった」「警察官をおして木内ビル前の路上にきたとき、警察官の右手が私の左手の上側になったため、それを振りほどくつもりで、左手を思い切り上に振り上げた、そのとき、警察官の眼鏡と制帽に当たり眼鏡と制帽が一メートル位飛んだ」と供述し、その旨の供述調書が作成された。

(七)  倉本は四月二一日、検察官に対し、「原告が警察官に対し、手を振り上げて殴打するところは見ていない」との点を含め、倉本の巡面調書とほぼ同様の供述調書(同日付検面調書)が作成された。

2  暴行行為(殴打)及びこれによる傷害の部位等の認定について

この点の当時の全般的事実を供述した調書としては、原告及び福田巡査の供述調書だけである。原告の供述については、本件当時は、相当に酩酊していた上、興奮、激高していたことが推測されるし、当初から公判廷での供述に至るまで一貫性に欠けるので、信用性は薄弱であるというべきである。次に福田巡査の各供述については、前記二認定の事実と一部食い違うものの、原告の手が福田巡査の顔面を叩いた外力の衝撃で、同巡査が着用していた眼鏡と制帽が身体から飛び離れて右後方の路上へ落下した旨を一貫して供述しているし、原告の暴行を現認した高木の供述と一部符合し矛盾点は皆無であるし、これらの供述を否定すべき的確な証拠はないので、福田巡査の右供述は信用できるというべきである。そして、原告の右殴打の具体的態様については、福田巡査を含めて目撃者が得られないものの、前記眼鏡と制帽が飛んだ方向などの客観的事実及び力学上の法則から推認することができる。

3  そして、原告から殴打された時刻から一〇分程度後の段階で、福田巡査が高吉巡査部長へした報告内容は、前記推認される事実と合致することが明らかである。

4(一)  福田巡査の四月六日付員面供述中、原告の左手で右頬を殴打されたとの供述調書部分(訂正した部分)が前記認定事実と食い違っているし、また、四月七日付員面調書では、原告の左手により、手刀で福田巡査の右頬が殴打され(訂正した部分)、これにより全治見込約五日間の顔面打撲の傷害を負ったと供述している部分が前記認定事実と食い違っているところ、四月六日付と同月七日付各員面調書のもと「左頬」の記載が「右頬」に訂正された経緯について、前掲甲第五号証の一六、乙第一号証及び被告福田康博の本人尋問の結果によると、福田巡査は、四月六日付員面調書作成時に前記三2(二)のとおりの経緯で医師の診断を受け、全治見込約五日間である旨の診断書が出たので、四月七日付員面調書で傷害を受けた旨の調書を作ってもらったが、このときも右手で左頬を殴打された旨を供述して録取されたこと、その後の同日、堺係長から、原告が左手で相手の右頬を殴った旨自供している旨を聞かされ、これまでの供述調書のその部分を訂正しておくと言われ、安易にその旨了解し、後になってから訂正された供述調書を見せられたことが認められ、他に右認定を動かすべき証拠はない。

(二)  右認定事実に、福田巡査が原告から暴行を受けているのを付近の路上では竹内ほか数名が見物していたし、またその現場の南側一階の美容室内から従業員や来客など十数名を下らない者により容易に目撃現認される状況であったこと及び傷害罪は暴行罪の結果犯であり、一定の外力が身体に作用したため、如何なる内容の傷害が発生したかは医師の専門的な所見にかかるものであることをも合わせ考えると、福田巡査が、虚偽の事実を故意に供述し、原告の傷害罪容疑の証拠を捏造したとは到底認められない。従って、堺係長が虚偽の証拠の捏造に加担したともいえない。

(三)  しかし、被害者が既に作成した調書に思い違いや説明不足があることが後日判明した場合、事後の捜査、公判で混乱を生じさせることがないよう配慮し、補充の供述調書を作成する等して供述内容の変遷及びその理由を明確にしておく職責があると認められ、この点につき右責務を怠った福田巡査と堺係長には過失があるというべきである。

5  福田巡査及び堺係長の右過失と本件公訴提起との因果関係の有無について

前掲甲第三号証の二、四、一八及び弁論の全趣旨を総合すると、原告に対する公訴提起時に検察官は事件の証拠書類として少なくとも、〈1〉原告の一一月六日付検面調書、四月六日付、四月七日付各員面調書、〈2〉倉本、林の四月二一日付、福田巡査の一一月一八日付各検面調書、〈3〉福田巡査の四月六日付、同月七日付各員面調書、因藤、高木、倉本、竹内、林の各四月六日付巡面調書、〈4〉司法警察員作成の四月九日付写真撮影報告書、同作成の四月一一日付実況見分報告書、〈5〉高吉巡査部長ら、小山勝成、大山伸一郎各作成の四月六日付捜査状況報告書、〈6〉診断書を手元に持っていたことが認められる。そして、右証拠書類のうち、福田巡査及び堺係長の過失行為による前記供述部分の訂正がなく、正規の補充供述調書が作成されて送検されていた場合でも、公訴提起の時点では、その他の証拠を総合勘案すれば、公訴事実について有罪判決を得る見込みがないと判断することができず、なお、公訴が提起されたであろうと認められるから、福田及び堺係長の過失行為と本件公訴提起との間に、因果関係があるということができない。

6  なお、福田巡査の員面調書二通につき前記安易な訂正があっても、氏家係長作成の写真撮影報告書(甲第四号証の七)中の撮影日時の記載が虚偽であるとは推認できないし、他にその虚偽記載であることを認めるべき証拠はない。

7  さらに、前掲甲第五号証の一六により、福田巡査は、前記刑事事件の第二回公判期日での証言で、四月六日付と七日付の各員面調書の前記訂正を供述していることが認められるところ、その供述が虚偽でないことは既に認定説示したとおりである。

他に、福田巡査の刑事公判廷での証言に、故意または害意に基づく虚偽の供述があることを認めるに足る証拠はない。

五  以上のとおりで被告らの原告に対する不法行為責任があると認めることができない。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝口功 裁判官 和食俊朗 裁判官 濱谷由紀は差し支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 滝口功)

別表1免許証の提示を受け人定確認をしたことについて〈省略〉

別表2 因縁をつけ始めた時期について〈省略〉

別表3 顔面殴打の暴行の有無及び暴行の部位、時期について〈省略〉

別表4 受傷の有無及び部位程度について〈省略〉

別紙 1

被疑事実

被疑者は、平成三年四月六日午後三時ごろから、高松市藤塚町六番地一八串かつ「はやし」南側路上に、香川県公安委員会指定の駐車禁止場所に違反駐車していた車両(香川四〇ひ九五三三)の運転者因藤律子の上司であるが、右串かつ「はやし」経営者林和正からの前記車両の駐車違反の急訴により、その取締に右駐車違反場所に赴いた制服警察官高松北警察署瓦町警察官派出所巡査福田康博が右違反車両の運転者から事情聴取中の同日午後五時四〇分ごろ、同所において、横から「違反でないが、線を引いとらん、二センチ位動いているが」等と因縁をつけ、駐車違反態様を説明しようとする同巡査に対し、いきなり制服の胸倉・ネクタイを掴んで引っ張り、体当たりをし更に手刀で同巡査の顔面を一回殴打する等の暴行を加え、もって同警察官の職務の執行を妨害したものである。

別紙2

公訴事実

被告人は、平成三年四月六日午後五時四〇分ころ、高松市藤塚町六番地一八串かつ「はやし」南側路上において、高松北警察署瓦町派出所勤務の巡査福田康博が因藤律子に対して駐車違反の事情聴取を行っていた際、同巡査に対し、「駐車違反やないやないか。」「どこにチョークひいとんや。」等と怒鳴りながら、両手でその腕をつかんで後ろに押し、左手でその顔面を殴打する等の暴行を加え、もって、同巡査の右職務の執行を妨害するとともに、右暴行により、同巡査に全治見込約五日間を要する顔面打撲の傷害を負わせたものである。

罪名及び罰条

公務執行妨害、傷害 刑法第九五条第一項、第二〇四条(行為時、平成三年法律第三一号による改正前の刑法第二〇四条)

別紙 3

被疑者は、平成三年四月六日午後三時ころから、高松市藤塚町六番地一八串かつ「はやし」南側路上に、香川県公安委員会指定の駐車禁止場所に違反駐車していた車両(香川四〇ひ九五三三)の運転手因藤律子の雇用者であるが、右串かつ「はやし」経営者林和正からの前記車両の駐車違反の急訴により、その取締に右駐車違反場所に赴いた制服警察官高松北警察署瓦町警察官派出所巡査福田康博が右違反車両の運転手である因藤律子から事情聴取中の同日午後五時四〇分ころ、右因藤の駐車違反を無きものにしようと企て、同所において、横から「違反でないが、線引いとらん、二ミリ動いとるが」等と因縁をつけ、駐車違反態様を説明しようとする同巡査に対し、いきなり体当たりをしたり、制服の胸倉・ネクタイを掴んで引っ張る等し、更に、手刀で同巡査の顔面を一回殴打する等の暴行を加え、もって、同警察官の職務の執行を妨害したうえ、右暴行により同巡査に対し、全治見込約五日間を要する顔面打撲の傷害を負わせたものである。

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